R.Jelínekとの出会い

R.Jelínekとの出会い

世界中のフルーツブランデーの中でも中東欧に有名なプラムの蒸溜酒がある。
表記揺れはあるが「スリヴォヴィツェ」と言われるものだ。(チェコ大使館の意向もあり表記をスリヴォヴィツェで統一させて頂く。)
中東欧一帯でのフルーツブランデーの総称を「ラキヤ」という。そのラキヤの中でもプラムを原料にしたものをスリヴォヴィツェと言うのだ。スリヴォヴィツェって何?と聞かれたら「プラムの蒸溜酒」と回答すればいい。
今から6年前、修行時代に勤めていた新宿の某BARで店長を務めていた頃、世界中のフルーツブランデーを片っ端から調べ上げていた。そしてスリヴォヴィツェには早々に辿り着いた。
しかし日本で入手できる銘柄は1種類のみ。ドイツ産のスリヴォヴィツェだった。
フルーツブランデーと言われる、様々なフルーツを原料とした樽熟成をしない透明な蒸溜酒(もちろん樽熟成したものも存在する)の本場はやはり中東欧だ。西欧、フランスはコニャックもカルヴァドスもある。ドイツももちろん魅力的な蒸溜酒は多いが、ことスリヴォヴィツェにおいてはもっと東に行きたい。バルカン半島はもちろん、モラヴィアからカルパチア盆地にかけての、あのあたり。それからもずっとスリヴォヴィツェについて調べ、探し続けた。何度かクロアチアやボスニアヘルツェゴビナのスリヴォヴィツェを入手することができたが安定した供給はもちろんなかった。
そしてある時、出会ったのがチェコ共和国、R.Jelínek(ルドルフ・イェリーネク)のスリヴォヴィツェだ。
過去に輸入されていたこともあったようで、たまたま見つけることができた。2017年11月のことである。もっと早く見つけろよ……ずっと調べてただろ……。最初に書いた通り国によって表記揺れがあるため検索ワード次第では結果が異なり、なかなか情報を集めることが難しい(ただの言い訳ではある)。恥ずかしながらそれまでR.Jelínekを存じ上げなかった。調べると、とても規模がでかい。でかいなんてもんじゃない……敷地には7万本のプラムの木が……とんでもなさすぎる……どうやらチェコ最大手のようだ。
もちろん輸入業社はおらず、これも安定した入手が困難だった。しかし、R.Jelínekの製品のバリエーションの多さは非常に魅力的だった。最大手、さすがである。
そして思い焦がれたまま数年が経過した頃、1通のメッセージが届く。2021年1月のことである。
「パーリンカの輸入実績がある松沢にスリヴォヴィツェを輸入して欲しい。チェコの蒸留所を紹介する。」
フルーツを原料にした蒸溜酒はメチルアルコールの含有量が高いため、輸入の際の検疫の検査が非常に厳しい。輸入に掛かる労力が他のお酒に比べて桁違いなのだ。弊社では2019年からパーリンカを輸入すべく一歩ずつ可能性を手繰り寄せ、慎重に、でも確実に関門をクリアし、2020年に輸入を完了、販売を開始した実績があった。ありがたいことに、その実績があったこともあり白羽の矢が立った。
「ハンガリーのパーリンカを中心に、今後は中東欧の国のまだ掘り下げられていないお酒を広く取り扱っていきたいと思っていた所。是非やらせて頂きたい。」
そう返信して紹介されたのがR.Jelínekだった。
(イェリーネク!?知ってるぞ!!?!?)
とても興奮した。こんな形で巡ってくるとは。
そこから蒸溜所の輸出担当者ルーカス氏とやり取りを開始した。まず最初に、日本は検疫法でメチルアルコールの含有量に対して厳しい制限があるためそもそも輸入できるかどうか分からない。そして輸入できるとしても検査が厳重なため時間が掛かる旨を伝えた。それでも是非トライしてもらいたい、と前向きな即答を頂いた。
まず製品ラインナップを見てほしいと言われ驚いた。想像以上に多くの製品があったのだ。
飲んでみないことには判断はできないが、過去に飲んだことのあるものを思い返しても信頼のある蒸溜所、どれも興味を惹かれた。まずはサンプルとして全ての商品を送ってもらった。
予想通り、いや予想以上のクオリティだ。その中でも特に目を引いたものがスリヴォヴィツェとボロヴィチカだった。
スリヴォヴィツェはステンレスタンクで5年熟成、オーク樽で7年、10年熟成と3種類ある。樽熟成のものはソーダ割も非常に美味しい。樽熟成していないものに関しては香りが非常にフルーティなのに対して甘みが全くないためソーダ割にすると香りが薄くなってしまい、魅力が激減してしまう。美味しくないわけではないがベストではない。もし割るのであればトニックウォーターをオススメする。それに対して樽熟成しているタイプはソーダ割にすることで樽の香りが開き、原料の果実感も増し増しになる。トニックウォーターで甘みを増幅させても、もちろん香りが爆上がりするのでオススメ。
ボロヴィチカについても改めて説明をしよう。チェコ、スロバキアでは昔から馴染みがあり一般的に飲まれているもので知名度も非常に高い。知名度が高いと言うより知っていて当たり前というレベル。
ジンの主原料でお馴染みのジュニパーベリーを使った蒸溜酒。使用しているボタニカルはなんとジュニパーベリー100%で、他には何も入れない。ジュニパーベリーのみ。ジンよりもジンらしい。そして何よりお手頃な価格だ。クラフトジンがブームの昨今、原材料の高騰も激しい中で非常に安価なのだ。輸入販売している自分が言うのもあれだが、これはバーテンダー目線での発言だ。
とにかく気軽に飲んで頂きたい。
肩肘を張って、緊張感を持ち向き合う、そういう蒸溜酒とは全く別物でもっと気軽に、適当にトニック割にしてゴクゴクと飲んでいただけたらそれでいいのだ。ストレートでもいい。何か難しい感想を述べる必要もない。ジュニパーベリーによる針葉樹の香りが全開。森林浴気分で是非。
ちょっと長くなりすぎた。いいぞもっとやれ、と思うかもしれないが話にはまだ続きがある。本線に戻そう。
サンプルを全て飲んだ上で厳選したものを輸入することを決定した。
そこからの道のりが長かった。各アイテムずつに成分表を提出してもらい検疫で食品成分検査、そして税関へ食品輸入届、メチルアルコールの含有量の問題があるため、日本の基準値に合わせて調整してもらったものもある。
そして貨物が日本へ着港後、最終検査がある。ここでアウトになる可能性もゼロではないため初回は少数で輸入をした。
結果は問題なし。
無事輸入が完了した。
この成分であれば輸入が確実に遂行できることが分かったため2回目は量を大幅に増やし発注をすることを決意した。
この時輸入したアイテムはなんと1週間で完売した。(本当にありがとうございます)
この結果はもちろんルーカス氏にも報告。信じられないようだった。すぐに社内で共有する、と。
プロモーションも積極的に支援するとのこと。とても前向きなスタートを切ることができた。
そうこうしているうちにハンガリー渡航の時が近づいてきた。
せっかく中東欧へ行くならR.Jelínek蒸溜所へ行きたい。
輸入しているアイテムの製造背景、生産者の顔、思い、歴史、それらを肌で感じたかった。そして何よりこちらの熱意を直接会って伝えたかった。
インターネットの普及したこの令和の時代、メールのやり取りだけで完結することは容易い。しかしそんな右から左の作業にはしたくなかった。自分がこのお酒を取り扱う明確な理由を持ちたかった。責任を持って輸入、販売をし情報を発信していくという決意に近いものだ。
R.Jelínek蒸溜所はVIZOVICEというチェコの南東部に位置する。プラハから310km、ブダペストから304km。
なのでブダペストから車で行くことにした。
先方へ連絡をする。
「今後輸入事業も拡大し、どんどん成長をさせていく。日本での発信は任せて欲しい。それにあたり、まずは一度現地へ訪れ、蒸溜所を見学させて頂きたい」
「最高だ。いつでも歓迎する。」
ルーカス氏に快諾して頂いた。想いは伝わる。右から左の作業で終わらせたくないと思わせる歴史がR.Jelínekには溢れていた。
ブダペストを早朝5:00に出発し、スロバキアの地平線を走り、チェコの雪が積もる山道を抜け、10:00に蒸溜所へ到着した。
2月、気温はおよそマイナス10度。湿度の関係か、寒さはあまり感じず空気が美味しい。そして何より、憧れの地に降り立ったことに興奮を隠しきれなかった。
蒸溜所ではルーカス氏が全て案内をしてくれた。蒸溜所の歴史、製法、発酵タンク、蒸溜器、熟成庫、そして原料となるプラムの木が7万本植っている自社の果樹園。どこも素晴らしく、文字通り肌で感じることで伝わってくる彼らの熱意がそこにはあった。
これは日本に伝えねばならぬ。およそ10000km先の遠い地で、永きに渡り伝統を守り続ける彼らの想いを。本当に訪れてよかった。
そして2023年6月末……
チェコ共和国最大手R.Jelínekの渾身のラインナップ、満を持しての販売開始。
R.Jelínekを紹介してくださった石倉さん、とにかく前向きに些細なことも即レスをしてくれた担当のルーカス氏、そして現地で製造を担っている彼らの想い、それを伝えるべく実際の訪れた弊社の苦労もほんの少しでいい、手元に届くお酒の背景にどれだけの想いが詰まっているかを思い浮かべながらグラスを傾けて頂きたい。
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